「先生、こっち見て!」〜子どもからのメッセージ 塾も学校も、教師は同じ

私の一番の先生 その3「お世話になっている人には、できません」vol.3

第3回:私の一番の先生 その3「お世話になっている人には、できません」

あれもダメ、これもダメと、子どもの気持ちをわかろうという努力が日々、実らず、自己嫌悪に陥ってしまうことは、長い教員生活の中で数えきれないくらいありました。そんなとき、慰め相談に乗ってくれた先輩や同僚はたくさんいましたが、私を心配してくださる方々のどんな言葉より私を癒やし、元気づけてくれたのもまた、渦中の子どもの言葉でした。

考えられないようないたずらやクラスメートへの危険な行為が止まらないAくんが、激しい攻撃的な行為の中で発した一言は私を救い、「よし、まだまだ」と諦めない勇気を与えてくれました。


その3―「勇気をくれた一言」

Aくんは相変わらず心を許してわがままを言い合う友だちができなかったが、それでも集団遊びに興じたり、クラスメートと冗談を言い合ったりして、私の心の安らぐ時間も心なしか増えて来たように感じながら、季節はどんどん夏に向かっていた。

5月末に行われた運動会では、クラスの子どもたちの協力もあり、Aくんは、みごと応援団長をやりとけるという偉業を成し遂げた。いつ「やあ~めた」と、団長を降りても不思議でなかった状態のAくんが、長くて厳しい練習をこなし、6年生として応援団長をやり遂げたのは、彼自身の変わろうとする努力の結果であることは確かだが、危なかった場面を何度も支えたクラスの力の大きさを感じ、私はクラスの子どもたちに、大いに感謝していた。

「先生、そんなの持って、どこ行くんだよ」と、次の日の理科実験に使う野草を探しに、バケツを持って外に出た私に声をかけ、「手伝うよ」と、放課後も時々私と過ごす日も出てきた。手伝いがいたずらになったりもしたが、そんなAくんを叱りながら、「教師としての幸せ」みたいなものも感じていたように思う。

クラスの子どもたちが、Aくんを怖がったり、避けたがったりするようなできごとは、大波からさざ波へと変わっていったようにみえていた。

そんな中、夏休みを間近にした昼休み。数人の女子が、教室へ駈け込んで来た。

「先生、Aくんが切れた。児童会室の前の廊下で、画鋲の缶持って、みんなに当ててるよ」

つかの間の平和な日々は、やはり本物ではなかったんだと、安心しきっていた己の愚かさに落胆しながら、兎にも角にも女子たちに連れられて、その場へ急行した。

周りの子どもたちには、なぜ、何に、彼が怒っているのかわからなかったらしい。後からわかったことだが、廊下の掲示板に貼られていた彼の図工の作品が汚れていたのを見つけ、「自分の作品を汚したのは誰か」と、近くで掃除をしていた子どもたちに、だれかれ構わず怒鳴って、怒りをぶつけていたようだ。それは、濡れ雑巾でも投げたような汚れで、その日に汚した物かどうかも分からないものであった。Aくんは、自分の問いに誰も答えないので余計に腹を立て、たまたま児童会室の机上にあった画鋲の缶を持ち出して投げ始めたとのこと。着いたときには、私といえども手のつけられない状態だった。

まずは、子どもたちの安全が第一と、「そんなに当てたいなら、先生に投げなさい」と、考えもなく怖がっている子どもたちの前に、私は飛び出した。

するとAくんは、持っていた画鋲をつまみ直し、一瞬投げる素振りをしてから、缶の中に画鋲を戻し、一言こう言って、画鋲の缶に蓋をした。

「お世話になっている人には、できません」

私が行ったときには、きっと彼はすでに自分のしていることがいかに理にかなわぬ意味のないことか、分かっていたのかもしれない。しかし、振り上げた手を理由なく下ろすことのできない性格が、彼の行動をエスカレートさせていたのだろう。私は、彼が下ろしたい手を下すための格好のタイミングで現れたのだと思う。とはいえ、「お世話になっている人には、できません」という一言は、彼の心のどこかにあるから出たもので、その後、何度も訪れた彼との厳しいやり取りの場面で、私に諦めない勇気をくれた一言だった。


子どものとっさの何気ない一言には、真実が籠っています。子どもは、天使の一言も、悪魔の一言も、遠慮なく発するのです。どちらも心に響く、重い言葉です。教師として大事なのは、これらの言葉から逃げないこと。天使の言葉に本当の勇気をもらうのですから、悪魔の言葉にも真剣に立ち向かい、やがては子どもと一緒に天使の言葉にしていきたいと思うのです。

私がAくんからもらった天使の言葉──「お世話になっている人には、できません」は、Aくんの了解を得て、『汚れていたA君の作品』という道徳の時間にみんなで考えるテーマとなって、授業にも登場しました。彼からもらったこの天使の言葉は、私の心に残っているだけで、A君すらもそれほど深く、意識の中にとどめていないのかもしれませんが。

プロフィール

丹伊田弓子(にいだゆみこ)先生
元川口短期大学こども学科教授
東京学芸大学・川口短期大学非常勤講師

東京学芸大学・同大学院卒。東京都の公立小学校教諭として勤務し、生活科カリキュラムの制定に携わる。2012年3月、川口短期大学教授を退任。現在、東京学芸大学・川口短期大学非常勤講師。日々、教職を目指す学生の指導にあたる。

「塾と学校とでは役割は異なりますが、子どもの学びという現場では、塾も学校も同じ。先生の役割も責任も同じだと私は思っています。小学校の教師として34年、その後大学教師としてたくさんの子どもたちに接してきました。その経験を通して学校の先生は子どもとどう向き合っているのかを感じていただき日々の指導の参考にしていただければと願っています。」

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