「先生、こっち見て!」〜子どもからのメッセージ 塾も学校も、教師は同じ

私の一番の先生 その4「卒業式」vol.4

第4回:私の一番の先生 その4「卒業式」

毎日毎日、Aくんをはじめとした40人の子どもたちは、私に難問を投げかけてきました。その一方、私が元気のないときには「先生、一緒にやろうか」と、傍へ寄ってきて無言で元気づけてくれるなど、救ってくれもしました。こうして子どもたちとの長くて短かった1年が終わろうとしていました。

Aくんの言動でクラスの誰かが傷つく度に、それを解決するための話し合いやルール作りを行いました。それによってクラスのみんなが成長し、クラスの成長によってゆっくりとではありますがAくんにも成長がみられるようになってきました。

苦しい1年でしたがその確かな手応えに、ここでクラスのみんなとお別れすることの無念さも感じていたある日、Aくんとの約束が問われる大きな出来事が舞い込んできたのです。


その4―「卒業式」

卒業式、前々日のことだったと記憶している。校長より呼び出しを受け、夕方の校長室へ向かった。子どもたちとも気軽に接し、腰の低い、人の好さのにじみ出た校長だった。

「卒業式準備、御苦労おかけしますね。まあ、座って」何か面倒な話の予感である。

「Aくんも落ち着いてきたね。卒業式にもちゃんと出られそうだし……。実は、Aくんの九州にいる実の母親から電話があってね。『息子のことは、ずっと心に留めていた。私と父親との関係が良くないので、離婚後会うこともなく小学校の卒業を迎えたが、どうしても息子の卒業の姿を見たい。どうか卒業式に出させてほしい』という内容でね。丹伊田先生、担任として母親に会って話をしてくれないか。そして、体育館のギャラリーの袖の部屋でもいいから、母親の席を用意してやってくれないかな」

このとき私の心に浮かんだのは、4月にA君と約束したことだった。

「教師なんて嘘つきだから信用しねえ」と、出会ったばかりの私に言い放ったAくんに、「私は、嘘はつかない」と言い切り、「約束したことは、どんなに小さなことでも守ろう。約束したことができなかったら、そのわけをちゃんと話そう。どんな小さなことでも、うそをついたりごまかしたりしない」と自分自身にも約束した、あの時ことである。

「校長先生、それはできません」

「なぜ? 別になんでもないことじゃないか」と言わんばかりの校長の目が返って来た。

私はAくんとの1年を、校長は何でもないことのように見ていたのかと、少し悲しくなりながら、でも毎日一緒にいるわけじゃないから無理もないのだと気持ちを切り替え、話し始めた。

「もし、私がAくんのお母様にお会いするなら、Aくんに『あなたのお母様が、卒業式に出席するために、私に会いにいらしています。会ってお話をお聞きしたいと思います』と、事前に話さなければなりません。彼に内緒で母親に会うことは、Aくんに嘘をつくのと同じことになるからです」

そして、4月にAくんから言われた言葉、彼と自分自身にどんな小さなことでもうそをついたりごまかしたりしないと誓って、この1年間をともに歩んできたこと、だから母親が卒業式に参列するか、しないかという、Aくんの重大事に関わることを、彼に黙って進めるわけにはいかないということを、校長が口をはさむ暇もないほど夢中で訴えた。

“もしかしたらAくんは、本当は母親に晴れ姿を見せたいかもしれない。彼にとっても母親と和解するチャンスかもしれない。やっぱりAくんに話してでも、母親に会うべきだろうか”

とっさにそんな思いがよぎったが、しかし、卒業式まではあと1日しかない。もし、今、彼にこんなことを告げ、以前の様に切れたら、彼の卒業式は台無しだ。

Aくんは両親の離婚によって、今はひとつ年上の姉と父親と暮らしており、母親のことをよく思っていないし嫌っている。その母親が教師だったというのも彼が教師を嫌っていた理由にもなっているのではと、前々から私は感じていた。

“やはり1日では、彼の心の修復は到底無理だ。だからと言って、彼に内緒で母親と会うわけにはいかない。1年の積み重ねが一瞬で崩れ、彼はもう誰も信じなくなる……。”

「勿論、母親ですから出る権利もあると思いますし、卒業式に出ないでほしいとは私からは言えません。あとは、校長先生のお考えでご対応いただけないでしょうか」

そう言い切ると、校長は何も言わず、ただ「先生の気持ちを母親に伝えます」とだけ告げて話を打ち切った。

そして卒業式当日。Aくんはとびきり立派な卒業式をした。しっかりとした卒業生の一人としての態度だった。いろいろな出来事があったので、女子だけではなく、男子の中にも泣く子がいた。そうして教室でみんな一緒に挨拶をし、校庭にできた在校生の花のアーチをくぐって恥ずかしそうに帰っていった。かわいかったですよ。「Aくん、卒業おめでとう。ほんとにほんとによく頑張ったね」


Aくんが担任の私を「信頼できる先生」と思って卒業していったかどうかは、わかりません。Aくんはそんなことを伝えてくれる子ではなかったし、絶大に信頼されたという実感があるわけでもない。ただ、私は、彼にどんな嘘もつかなかったし、約束をうやむやにすることもなくこの1年を過ごし切ることができたのです。

しばらくして、Aくんの母親から手紙がきました。「卒業証書を手に校門を出て来る息子の姿を見て嬉しかったこと。卒業式には出なかったこと。担任の先生がそこまで息子と向き合ってくれたことで十分」と書かかれてありました。

プロフィール

丹伊田弓子(にいだゆみこ)先生
元川口短期大学こども学科教授
東京学芸大学・川口短期大学非常勤講師

東京学芸大学・同大学院卒。東京都の公立小学校教諭として勤務し、生活科カリキュラムの制定に携わる。2012年3月、川口短期大学教授を退任。現在、東京学芸大学・川口短期大学非常勤講師。日々、教職を目指す学生の指導にあたる。

「塾と学校とでは役割は異なりますが、子どもの学びという現場では、塾も学校も同じ。先生の役割も責任も同じだと私は思っています。小学校の教師として34年、その後大学教師としてたくさんの子どもたちに接してきました。その経験を通して学校の先生は子どもとどう向き合っているのかを感じていただき日々の指導の参考にしていただければと願っています。」

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