「先生、こっち見て!」〜子どもからのメッセージ 塾も学校も、教師は同じ

私の一番の先生 その5「最後の挨拶─1日訪問」vol.5

第5回:私の一番の先生 その5「最後の挨拶─1日訪問」

変化とハプニングの連続と言って良い1年が過ぎ、新年度がまたいつもの通りやってきました。今度は1年生の担任になった私が、これもまた、一見いつもの年と変わりなくそこにいました。しかし、ポッカリと穴の空いた私の心はいかにかわいい、にぎやかな1年生でも埋めようもなく、でも、そんな私を元気づけるかのように、1年生の声が、笑顔が、私を取り巻きます。「そうだ、担任の思いがどうであろうと、この子たちの1年は始まったのだ。1日1日が、この子たちにとって何事にも代えがたい貴重な学校生活の1日なのだから、この笑顔に応えていこう」そう自分を励まして、気持ちの切り替えに心を尽くす4月でした。

5月の連休も明け、1年生の子どもたちにも、1年生の担任としての私にも新たな生活リズムができ、刺激的な前年度の記憶が、少しずつ私を解き放ち始めました。

そんなある日、突然、彼がやってきました。


その5―「最後の挨拶─1日訪問」

「先生、中学生のお兄ちゃんが遊んでくれた。お兄ちゃんと一緒に勉強したいな」

中休みが終わって、教室に戻ってきた私に、口々に訴える子どもたちの声。「もしや……」という気持ちがよぎり、教室のすぐ横にある校舎の出入り口へ行って見ると、私服姿のAくんが、「授業始まるぞ、早く入れよ」と、1年生をせかしていた。

「あら、Aくん。学校は? 今日は、振替か何か? お休みなの?」

「まあな。先生、1年なんだ、大変だね。次の時間は、朝顔の手入れするんだって? あいつらに今日、支柱立てるんだ、手伝ってって言われちゃったよ」

と言って、植木鉢の傍に支柱を運んでいる1年生を指さした。落ち着いた顔をしていたが、私には、何か訳があるように感じた。

「お休み時間に自分の朝顔、見たかな?」
「先生、私のもう、下にたれてぐちゃぐちゃだから、うちのおじいちゃんの朝顔みたいに、からまるの、つけてあげたいの」
「先生、僕のはなんかいっぱい過ぎて、わ・け・わ・か・め。どうしよう」
「加奈ちゃんのは、支柱っていうの、これ立ててあげようね。亮君のは、間引きしなかったのかな? 少し整理しようね。先生お手伝いするからちょっと待っててね」

朝顔の成長が違うので、今日、子どもたちが、朝顔にしてあげたいことも少しづつ違う。それぞれにアドバイスと支援をして、外へ出た。

Aくんは、鉢を並べた栽培スペースで、待ち構えていた。

「先生、大変だろう? みんなやること、違うもんな。俺、手伝うからさ」

と言うと、私の返事を避けるように加奈ちゃんの支柱運びをサポートして、子どもたちの中へ入っていった。

私は通りかかった養護教諭に子どもたちを頼み、校長の許可を得て、中学校へ電話した。そして、Aくんがここにいる事を知らせ、放課後、理由を聞くので、このまま預からせてもらうように頼んだ。

「本日は無断欠席で心配していました。では、よろしくお願いします」
という答えが返って来た。

素直で、1年生を優しくサポートする穏やかなAくんが痛々しかった。やっぱり中学という新しい生活になじめないのだろうか……。重い心で3時間目が過ぎた。4時間目の半ばまでかかって、ようやく1年生の作業は、1段落。教室へ向かいながら、1年生は「一緒に給食食べようね。あと少しだから待っててね」と、A君に向かって、人懐っこく声をかける。

「先生、俺が片付けとくから、教室行けよ」
と照れ隠しか、Aくんは、ぶっきらぼうに私に向かってことばを投げる。教室に入って少し話しているうちに、給食を告げるチャイムが鳴った。

1年生の関心事は、Aくんにこのままいてもらって、一緒に給食を食べる事である。喧嘩することもなく、Aくんの席をみんなで用意し、座らせる。その日の献立は揚げ物なので、決まった数しか運ばれてこない。それでも1年生は、「半分あげる」などと知恵を絞る。いけないことかもしれないが、私は「先生の給食をお兄ちゃんに持って行って」と、当番の子に頼んだ。1年生は、困ったように「先生のがない」とつぶやいた。「お代わり用に余分に来ているのを、先生に少しよそって。それでいいでしょ」と、知恵を付けると、当番の子は、納得して、配膳を済ませた。

「先生、いいよ、俺」と、困るAくん。
「懐かしいでしょ。折角の1年生の気持ちだから、食べていきなさい」と言うと、Aくんは本当に嬉しそうに笑顔を返してくれた。

1年生が下校した午後の教室。教卓に座る私と、教室をうろうろするAくん。

「今日は学校、休みじゃないみたいね。どうしたの?」
「別に。なんか間違えちゃって、こっち来ちゃってさ」
「そんなの先生には通じない。じゃあ、なぜ、制服着てないの?」
「そうでした。何となくさ、今日は、こっち来てみたかったんだ」
「中学、休んでるの?」
「ぜんぜん。無遅刻、皆勤賞でした!」
「へー、えらいね。でも、今日、ここにいる事、担任の先生には連絡しといたわよ。私が担任だったら心配しちゃうから」
「やっぱな。そうだと思ったよ。明日は休まないよ。ちゃんと行くさ、もう」
「嫌なことでもあるの? 話してよ」
「何もないよ。別に。」
「へー、先生に会いたかったの? 放課後、来ればいいのに」
「そんなわけないじゃん。ちょっとね。気まぐれ」

止まり木に羽を休めに来た小鳥をいたわるような気持ちで、それ以上は何も聞かず、ひとしきり1年生の話などをした後、明日は中学へ行くことを約束して私たちは別れた。

数日後、放課後に訪ねてきた卒業生から、A君が転校したと聞かされた。あれは、お別れのつもりだったのだろうか。そうだったら、もっと違った過ごし方があったのに。言っておきたいこともあったのに。私はどうすれば良かったのだろう。いろんな思いが私の中にどっとあふれた。


教師にとって、子どもと信頼を気付くことがどんなに大切なことか、嫌というほど教えてくれたAくんでしたが、では、彼との間にどれほどの信頼関係が気付けたのかは、いまだに私の中で定かではありません。彼は最後までひとつとして答えをくれませんでした。

でも、Aくんはいくつもの難問を突き付け、私を成長させてくれました。たくさんのことを考えさせ、教師にとって何が大切なことかを教えてくれました。

Aくんとのこの1年が私に教えたことは、「教師は子どもと一緒にいるその時間、その時間を、全力投球で、最高の時を創ろうとしないと、後悔する。結果を求めず、ともにある時を精一杯過ごす事こそ、大切なのだ」ということでした。

プロフィール

丹伊田弓子(にいだゆみこ)先生
元川口短期大学こども学科教授
東京学芸大学・川口短期大学非常勤講師

東京学芸大学・同大学院卒。東京都の公立小学校教諭として勤務し、生活科カリキュラムの制定に携わる。2012年3月、川口短期大学教授を退任。現在、東京学芸大学・川口短期大学非常勤講師。日々、教職を目指す学生の指導にあたる。

「塾と学校とでは役割は異なりますが、子どもの学びという現場では、塾も学校も同じ。先生の役割も責任も同じだと私は思っています。小学校の教師として34年、その後大学教師としてたくさんの子どもたちに接してきました。その経験を通して学校の先生は子どもとどう向き合っているのかを感じていただき日々の指導の参考にしていただければと願っています。」

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